13本目 物語テンションに対する勘

 勘が悪いのは辛い。

 勘が悪い者の作品は、水っぽく、しまりがなく、痒いところに手の届かない演出が連発する。

 会話まわしにしても、シーンの切りかえにしても、BGMのつけかたにしても。

 そうじゃねぇーだろ!

 になる。

 例えば。

 強い弓がぎりぎりと引き絞られていく。

 弓をひく者の歯は、弓の強さに負けじと食いしばられる。

 腕、肩の筋肉はふくれあがり、的を狙う眼は研ぎ澄まされる。

 弓弦が限界に達し、ギシギシと悲鳴をあげた。

 矢が――放たれることなく弓から外され、矢立に戻されたら「おい!」と言いたくなるだろう。

 ここまで露骨ではないにしても、演出を外されるとずっこける。

 この失敗の原因が、テンションに対する勘の悪さだ。

 引きが長すぎて間延びしている。タメに対して解放の演出がぬるい。緊張感が高まっていないのにささっと放出された。

 全て勘の悪さに起因する失敗だ。

 人は力学というものを体得している。

 工事現場で何トンもあるような鉄柱がクレーンによってつるし上げられていく。巨大なものが宙に浮かぶ不安定さに「危険」を感じる。その危険のなかには「落下、衝撃、破壊」という未来が孕んでいる。

 もちろん、現実ではほとんどの場合事故はおこらない。しかし映像作品のなかつるし上げられた鉄柱がマジマジと映され、数秒にわたってその様子をおさめられたら、そこには「落下」と轟音をともなう「衝撃と破壊」が約束されている。

 何十秒も鉄柱を見せられた後、何事もなく工事が進んでいったら気持ち悪い。

 つまり力学的なエネルギー補充が行なわれた場合(上記の例をあげるなら位置エネルギーが蓄えられたことになる)、その力の解放は約束であり果たされなければならない契約だ。

 物語のシーンにもストーリーライン的な力学が存在し、エネルギーが溜れば、解放されることが約束となる。

 ストーリーラインテンションという概念

 主人公に良いことばかりが続くと不安になるのは、それが物語である以上、そのままで終るわけがないことを読者は知っており、その不安定さから何時崩れるかを不安に思いながら見守っている。

 これを我輩は勝手にストーリーラインのテンションを高めていく、と言っている。もちろん、高めたテンションはいつか解きはなたなければならない。

 物語が間延びしているならテンションの高め方が悠長なのか、それともテンションがかかってないのかどちらかだ。

 ただタクシーに乗るのと、「やばい、遅れる!」と言ってタクシーに乗るのとではテンションが違う。

 テンションを高める方法

 いくつかあるので箇条書きで紹介していく。

 一つ、ストーリーの解決に向かって前進する。

 ストーリーとは葛藤である。目的を達成するために主人公たちが仲間を得て、力を蓄えていくことはテンションを高める。しかし注意していただきたいのは、主人公たちの成長は二次曲線的でなければならいということ。一次曲線では間延びする。

 勇者がいくつもの死闘をこえ、何度も挫折を味わった後、満身創痍の仲間とともに伝説の剣を手に入れた――後、伝説の楯を求める旅も同じ尺でやられたらどう思うだろうか。

 困難や得るものの価値が前回と同様なら、ダイジェストで良い。

 二つ、主人公をピンチにする。

 障害があれば物語のテンションはあがる。敵役が主人公の背後に立てばそれだけで緊張感がでる。しかしここでも気をつけたいのはピンチもまた二次曲線を描かなければならないということ。

 同じ強さの四天王と四回とも戦うような展開はよそう。四天王を倒したら次は魔王だ。

 三つ、時限爆弾を設置する。

 あと数時間経ったら大変なことが起きる――そんな設定をすれば否応なしにストーリーのテンションはあがる。しかしこれはあまりに強引な手段で初めからやると息つく暇のないスリラー物になってしまう。それでかまわないなら結構だが、国シリーズはゆっくり旅情も楽しんでいただきたいので、これは控え目にしておいた。それでも冒頭に「キリンの命をねらう」宣言をしておいたのは、この時限爆弾的な演出だ。盆祭りがくれば何かが起こる、それをあまり大きくはなく、それでも仕込んでおいた。

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