ハルカの国 創作の記 その44

近況報告

前回は限定ブログの方、調子が悪く休ませて頂いた。体調管理がままならず、申し訳ない。
経緯をざっと説明する。
四月の二十日以後、発熱と腹痛が続く。就寝時、左脇腹が痛くて眠れない。その痛みも変なのだ。ヤスリでこするような痛みが左脇腹、背面に続いたかと思うと、今度は指を押し込まれるような痛みが鳩尾に生じる。
丁度昨年の今頃、気胸を経験して以後、「表から裏へ抜ける痛みはやばい」ことを学んでいたので、脇腹から背中へまわる痛みには恐々とした。
痛み止めを飲んで祈るように復調を待ったがなおらず、病院を巡る。
呼吸器科→内科とまわるが病状が特定されない。血液検査、レントゲンでも駄目。
とりあえず心配していた膵臓ガンではないことが分かり、ほっと胸を撫で下ろす。
が、痛みと発熱は続き、寝ることもままならない日々。
困り果てていたところ、腹部から背中に真っ赤な痣がでる。掻きむしったような、もののけ姫のアシタカの痣のような、鬼滅の刃の炭次郎のような、それはもうくっきりと赤々とした痣。
それも左だけ。ヘソの横から左脇腹にぐるりとまわり、背骨に到達する左反面だけくっきり。
うお、なんじゃこりゃ、と驚き内科に駆け込んだら「帯状疱疹」ということで、ようやく病名が発覚した。
皮膚科にまわされ、処置をうけ、薬をもらって一件落着。
抵抗力が落ちているから、栄養のあるものを食べて、しっかり休めとパンフレットをもらったが、パンフレットの挿絵が爺さん。どうも高齢の方が体力低下にともない罹るものらしい。
ちなみに帯状疱疹とは、誰の身体の中にも残留している水疱瘡の菌が原因で、これが体調不良を切っ掛けに顔を出すことで起こる。腹まわりに帯状の湿疹がでるので、帯状疱疹。

若者の罹患は疲労やストレスが主な原因と言われたが、思い当たる節もない。
ストレスフリーな個人作業だし、疲労たって毎日座りっぱなしで体力を使うこともない。いや、あるいはそれが問題なのだろうか。
近頃は復調傾向にあるが、今でも湿疹まわりが痛痒くて、うまく眠れない。
睡眠こそ盟友として、どんな嫌なことがあっても寝て乗り越えてきたというのに、その盟友との仲を害されているのだから辛い。
まったく、病気なんてものは、いちいち困ったものである。
お付き合いがめんどくさいったら、ありゃしない。
病気には罹らないのが一番。
病気に罹らないためには、前もって休むこと、回復を図ること。
病気になってから回復を待っては時間ロスが甚だしい。だから疲れる前に休め、長く走り続けたければ、と先生からも金言を頂いた。

今後は体調管理に一層留意しつつ、創作活動を円滑に進めていきたい。

進捗報告

病院巡りだったり、体調不良だったりで中断することがあったが、今のところ予定通りには進めている。
ただ今までの貯金を使い果たしてしまった。これからのスケジュールがタイトだ。予定では今月末に完成し、六月~七月を使って完成度を向上させていくつもり。七月には発表したいと考えているので、頑張りたい。
ただ無理して体調を崩すとよけい遅れるので、皆様の手元に届く日が最短になるよう頑張りたい。
遮二無二に頑張ることが、三十代も半ばにかかると、最善策ではなくなるようなので。

現状はスチルを描いたり、背景を調整したり、BGMやSEの工夫をしたり。演出面をやりくりしている。
今回の物語では、体験としての気持ちよさを重視している。クリックすることの心地よさを意識しているので、演出面に手がかかる。特に音が流れるタイミング、持続の間を工夫している。もっと言えば、〝見えないし聞こえないけれど持続しているもの〟にかなり意識を割いて演出しているつもり。
読者のなかで持続している〝緊張〟を意識し、都度都度、その緊張感を再登場させて緊張感を保持していく。目の前に現れていないもの、体験している物語の背後に隠れてしまったものも、常に持続していて密かに発展を続け、物語に再登場する度に読者の中で印象を更新する――そういう、読者の中にあるものの持続感、演出を心掛けている。
それが何故、体験としての気持ちよさに繋がるかと言えば、読者の記憶への配慮に繋がると考えるからだ。
我が輩が思うに、物語体験とは、知覚ではなく記憶だ。
知覚した物が動くことに感動するのではなく、知覚したものが読者の中で記憶化し、外部だったものが内面化した後に、読者のものになった物が動くことに感動しているのだと分析している。
だからこそ、知覚が終わった後、読者の中で記憶化され内面化された記号(キャラクターだとか、問題だとか、関係性だとか)がどういう状態にあるか、そこへの常態的意識がストーリーテラーには必須なのではないかと近頃考えている。
物語上ではまったく別の内容を描きながら、読者の中にある記憶化された記号たちへ意識を割き続ける。このマルチオブザービングこそ、物語執筆における情報処理能力に必要な観点ではなかろうか。
そう思い、この度は「見えないもの、聞こえていないもの、今は物語上からは消えているもの」「だけれど読者の記憶の中にはあるもの」への意識をこれまでになく鋭敏にして演出を考えている。
そもそも、今回の物語はハルカの国前三部作を前提にした、過去のある物語。過去へと過ぎ去り、今はもう居なくなってしまった者達への配慮を忘れてしまえば、物語が成立しない。
過去がある物語とは、常に記憶への配慮が必要なのだ。
もしかすると独り相撲かもしれないが、もしかすると皆様の心にも「気持ちよさ」「丁度よさ」「こいつ分かっているな感」として届くかもしれない。
届くことを祈りながら、作業をすすめている。

取り組んでいることは、巨大な感動や、大きな感情喚起を起こすものではない。ただひたすらに、物語を常態的に心地良くするための手法だ。
この技術を手に入れないと、今後の我が輩に必要な「退屈だけど面白い」表現が完成しない。
「退屈だけど面白い」表現が出来るようになれば、まだ色々と、表現したいものが我が輩の中にはある。
逆に、劇的なものは尽きつつあるような気がする。
と言うより、我が輩自身が、劇的なものを大味と捉えるようになって、物語演出上必要だけれども主軸には置きたくなくなってきている。
劇的なもののために物語をつくるモチベーションがなくなってきている。

混乱した家族の末裔

我が輩の家族は混乱している。
そう気づいて、色んなことがしっくりときた。
我が輩は自身の家族のことを、日本の最大マジョリティ家族類型とされている父方同居直系家族と考えていた。そこで得たイデオロギーもまた、日本最マジョの強父権的イデオロギーだと思い込んでいた。
しかしそれだけでは、どうしても説明できない心理状態が我が輩の中にはあった。
その最たるものが、父権イデオロギーを補完するヒロインという存在。
主人公を父にしたり、兄にしたり、息子にしたり、弟にしたりする、男性を象る相手としてのヒロイン。
彼女達が選ばれるのを待っているという、ヒロインの待機性に我が輩は違和感を覚え続けてきた。
はっきり言えば、我が輩の違和感とは、ヒロインの軟弱さ。
「女ってもっとどぎつくねぇか?」という疑問。
もちろん、漫画だから、アニメだから、エロゲーだから、消費者である男性の理想が叶っているということは加味されるべきだし、我が輩も「そういうことだろう」と己を説得している。
あれはリアリティーの追求ではなく、ホスピタリティーの追求なのだと。
しかしそれにしたって、軟弱さが過ぎる。
ここまでホスピタっていると、下手な接客のごとく、丁寧を通り越して慇懃無礼、こっちのこと馬鹿にしてんのかと思わないのか。
そういう事を話すと、「穿って見過ぎ」「女に馬鹿にされるのを恐怖しすぎ」と非モテオタを弄られて終わりだったので、「俺が変わっているんだろう」と納得できないまでも、納得するしかなかった。
ただそのように孤立しながらも、2000~2010年代の男性向けエンタメヒロインを見ていると、「こいつは俺のことを馬鹿にしている」と思えて仕方なかった。「こういう風に貴方を補完してあげたら嬉しいもんね? お馬鹿な父権イデオロギーの長男さん」という声がヒロインたちから聞こえてきて仕方なかったのだ。
いやあれは男が考えたヒロインという妄想だから、と説明をうけても、感受性豊かな我が輩はその子が本当にいるようにしか考えられなかったし、特に声優がつくとこの「馬鹿にされてる」という被害妄想は余計に募った。(そもそも男が考えた妄想としてヒロインを捉えたら、そんなものとの恋愛劇なんて楽しめるわけない)
何故、我が輩はヒロインたちのホスピタリティーを「馬鹿にされている」というひん曲がった感覚でしか捉えられなかったのか。
我が輩が根性曲がりだからか?
以前はそう考えてきた。
しかし、そうでなかったことが、この度判明した。
我が輩が参加した初期社会、家族というものが日本の最マジョである父方同居直系家族ではなく、特殊な捻れ母権家族であり、我が輩が幼少期に見てきた風景が、父方同居直系家族に象徴される父権イデオロギーとは、いささか異なっていたのだ。
結果、父権イデオロギーを素直に体験してきた人々とは違う感性が、我が輩の中には幼少期に醸造され、そこからの対比の結果として「ヒロイン」に馬鹿にされているという感覚を持つに至ったのだ。
我が輩が初期家族を通じて観察してきた人々、体験してきた人々。父、母、祖母、叔母、妹、家族的役割同士の関係性、親戚との関係性、長男としての我が輩の立ち位置、扱われ方。
これらの中で培われた我が輩の女性像とは、強烈な主体性をもち、競争的で、エネルギッシュで、言ってしまえば「えぐい」存在。
男性に比べて圧倒的に味が濃く、濁っていて、狡猾で、生命力溢れるパワフルな存在だった。
清楚だとか、儚いだとか、細いだとかは真逆。
野趣あふれ、夏の太陽のように強烈で、畑の大根のようにぶっとい。
まるで沃野のように黒々として、むせるように匂いたち、戦闘的。
我が輩の中にある生命力への印象は、まるまる女性として象徴されていた。
我が輩にとって女性とは、長男であった我が輩、父であったオヤジと比べて、圧倒的に「どきつい」存在だったのである。
長男や父という父権に連なる記号を道具として掌握し、常に権力争いのイニシアティブを競い合う。
濁りきった沼を住処にし、堂々と泳ぎまわるオオナマズのような存在こそ、女。
そういう根本ベースがあったために、世のエンタメヒロインが楚々としていたり、主人公に都合が良かったりすると、「裏で何を考えているのか、分かったもんじゃない」と穿った考えをしてしまったのだ。
そうした女性像が醸造されていった背景。
それが我が輩の、捻れ母権家族にある。

実は我が輩の様に、父権家族とは違う家族、「日本人らしくない家族」は意外と多い。この「日本人らしくない家族」の生成過程を通じて、我が輩は自分自身や、日本現代というものを観測している。
その観点をご紹介したい。

家族類型の説明

ここで簡単にだが、我が輩の話す基礎を担う「家族類型」について、国民的アニメを参考に説明していきたい。

ちびまる子ちゃん……父方同居家族
まる子の家族と、まる子の父であるヒロシの両親(ともぞう夫婦)とが同居する、三世代同居。日本の原風景である最マジョ家族類型だ。
ちなみに現代ではもっとも嫁がきにくい家族類型でもある。
夫の両親との別居が結婚の条件として指定される等、婚活サイトでもその不人気っぷりが露呈していると言う。
ちなみに、ヒロシは次男らしく、厳密に言うと日本最マジョの長子相続型の直系家族とは異なる様子。ただ今回は同居の傾向で類型を選別しているので、問題視しない。

さざえさん……(一時的)母方同居家族
長女であるサザエの婿のマスオが、サザエの両親、兄弟と同居している同居家族。ちなみにサザエの姓は磯野ではなく、フグ田らしく、マスオ側の籍に入っている。
このことから予想されるのは、長男であるカツオが嫁をとった場合、カツオ夫婦が波平夫婦と同居し、サザエ夫婦は成長したタラちゃん共々新居を構える可能性が高いということ。このため、一時的母方同居家族としている。
この母方同居家族は日本では珍しい。実はサザエさんの起源を辿ると、日本の原風景的日常ドラマとしてだけでなく、ウーマンリブ的な意味合いもあり、サザエは父権(夫)に縛られない主体性をもったキャラクターとして設定されたらしいのだ。
そのために、嫁となった女性の家族的地位が低下しにくい母方同居という家族類型が持ち出されたのだろう。
上記の通り、母方同居は嫁の両親と同居するため、女性(嫁)の地位が低下しづらい。相対的に男性(夫)の地位は低下するが、女性優位の結婚市場においては望まれる家族類型だろう。
妊娠中~出産、幼児育成期に女性が生家で過ごすのは、母体への負担を考えると効率的でもある。
ただ、ここで一点留意すべきなのは、嫁となる女性には人気だが、夫の母である女性には不人気な類型であるということ。特に父方同居筋に嫁入りし、長男を育てた女性にとって、自分の長男が嫁方の家に入るというのは、心中穏やかでないものがあること想像に難くない。
長男とは、父権家族に嫁入りした女性にとって、院政をひくことで家族のヒエラルキートップに躍り出る、逆転が望める最後の切り札なのだ。
それを「嫁のわがまま」でかっ攫われて、許せるわけがない。(らしい)

クレヨンしんちゃん……非同居型核家族
団塊の世代以後、日本に急増した核家族。非長子筋に多い家族類型のため、子供の数が急激に増えた団塊の世代以後に顕著な類型である。
野原ひろしとみさえも、それぞれが秋田と九州から上京してきた、非長男、非長女だ。(たしかヒロシが次男で、みさえも次女)
両親と同居しないため、権威的抑圧がなく、もっとも自由で好まれる類型である。他の家族類型に有意性がなければ、基本的に、人々は自由を選好するため核家族化していく。社会保障の充実や、各種サービスへのアクセスが簡易化していくに従い、家族は核家族へ向かって行く。(最終的には家族という不自由を拒む、個体というユニット規模の保持を望むようになる)
個人の自由、男女間の平等が結婚世代のナチュラル思想(少なくとも女性側にとってはそうあるべきと望まれている)な日本においては、もっとも安定する家族類型だろう。夫婦どちらかの地位が低下する両親世代との同居は、忌避される傾向にある。
しかしながら核家族、特に非長子筋の核家族は、育児期に両親からのサポートを受けられなかったり、持ち家の移譲等の資本的支援がなかったりと、自由は最大である反面サポート・資本面では最貧となる。
このため結婚(核家族化)したいが、経済的に難しいという現役世代も多い。
ただ昨今では長子筋でも核家族化がすすみ、この場合だと家族は独立しつつも、出産・育児のサポートは受けつつ、資本の援助もあるという核家族の弱点を補いながら自由を損なわないという形も登場している。
と言うよりむしろ、この類型が昨今のトレンドではなかろうか。
なにせ少子化でほとんどが長男、長女であり、かつての核家族成員である非長子筋が少なくなった。長子筋という、資本相続の流れにある者が、核家族として生活環境を独立させる。これが現代の日本の最マジョ家族類型、非同居型直系家族だろう。
ちなみに。
実はこの類型、由緒ある長男筋には元からあった類型でもある。
たとえば武家であれば、長子が成人すると家督をゆずり、両親は彼等の権威を邪魔しないように別居をする。別居までいかなくとも、食事の席順がかわったり、食事の席を別にしたりと〝別れ〟の工夫をする。
本来的に長子筋、資本筋にある家系は、相続、移譲という概念があり、それを両親が生前のどこかのタイミングで行う慣行がある。
しかしこれが近代に入って長子筋、資本筋に入った家系では、相続、移譲の慣行がなくいつまでも両親世代が家督権を保持し、ヒエラルキーの交代がおこらない。
このために子供世代の夫婦、特に嫁の権威がいつまでも低く、ここからの不満が遠心力を産み同居型家族の崩壊につながりやすい。
つまり長子筋のサラブレットは、資本と権威の下世代への移譲という仕組みを保持しているがために、直系家族という類型を守れてきたのに対し、にわか長子筋は移譲という仕組みも概念も持たないために、直系筋を崩壊させ易いということになる。
このにわか長子筋が増大したのが団塊の世代の子供世代、団塊ジュニアの結婚からであり、この歴史のない同居、拙い同居のために家族ヒエラルキーが不安定で、崩壊し易いという特徴を持つ。と、我が輩は思っている。
これが後述する「混乱した家族」になっていくわけだが、ここでは「移譲」の概念をもった直系筋と、「移譲」の概念をもたないにわか直系筋を紹介するのに留める。
つまり現在観測される日本の核家族は、非長子筋の核家族か、長子筋でありながら別居している核家族であり、後者の成り立ちには親世代の「資本と権威の移譲」への親和性、古くから家督移譲の慣行があったということだ。

日本人を模倣した人々

一億総中流とはなんと団塊の世代らしい概念だろうか。
一億という日本の総人口すべからくが、同じ中流にあり、同じ価値観、同じ生活水準、同じ家族類型にあると信じた信心の言語化、それが「一億総中流」。
総力戦体制として都市と地方、貴賤のセグメントを越え、否応なく軍隊として後援としてごちゃ混ぜにされながら戦い、敗戦後の貧しさもまた共にした経験。そこに原風景を持つ団塊の世代にとって、一様であるということはとても自然なことだった。
また時代がすすみ、テレビ、雑誌等、メディアが発達してくると、〝普通〟というアイディアも普及していった。どんな山奥にでも学校で雑誌が購入され、「私たち日本人」という像が共有されていった。
そうした中で培われた「普通の日本人像」こそ、父方同居家族、家父長制のイデオロギー、強父権的価値観と、それらで治められている社会風景である。ちびまる子ちゃん的、世の中だ。
我が輩がここで問題にしたいのは、家父長制のイデオロギー云々ではなく、そういう一つの「日本人像」というものが、戦後の貧困から経済成長、各種メディアの発展と時系列を共にし「一億総」に普及したという点。
この父権イデオロギーが広がっていく背後で、実は父権を伝統に持たない、あるいは家族システム的には父権的ではない、広がっていくイメージに対してイレギュラーな家族がタケノコのごとくにょきにょきと現れていた、という点だ。

先述した通り、団塊の世代以後、非長子筋の家族が増えた。これは人口動態上必然であって、一組の両親が持つ子供の数が増えれば、当然、長男でない男子、長女でない女子が増える。これらが結婚し、家族をもてば、それらはことごとく非長子筋、非資本筋の家族となり、両親とは非同居の核家族となる傾向を大とする。
この非長子筋、非資本筋の家族が、長男筋、資本筋と肩を並べるほど多くなったのが、団塊の世代が結婚適齢期になった1970~1980年代だろう。
もちろん、団塊の世代以前にも非長子筋(次男、次女以後)は存在したが、彼等は長子筋と比肩するほど数はいなかった。そのため長子筋の婿、嫁として吸収されていくシステムがあったし、他にも寺や養子として長子筋に吸収されていった。そもそも、戦前は乳児死亡率や、健康寿命も短く、家という資本の筋に対し人々が溢れ出すほど存在しなかった。
つまり、団塊の世代とは「家という筋から溢れた人々」が社会的に有意であるほど増大した、日本未曾有の経験だったのである。
加えて、彼等新興家族は、上記した経済成長とメディアの発展により、自分達を「普通の日本人」だと思っている。古くからいて、伝統を継続している、「一億総」だと。
そのために家族システム的には父権制に親和がないにも関わらず、メディアから与えられるアイディアとして父権的な様式を受け取っていく。
たとえばそれは、直系家族の伝統を肯定する儒教的思考であったり、あるいは長男を相続者とする認知であったり。
これらの価値観、考え方は、非長子筋にある新興家族にとって根本的には体得できない。何故ならそれら価値観が機能する環境が家族内にないからだ。
年長者を敬う儒教思想は、敬い、敬われるという脈々とした直系風景としてしか正当性を持ち得ない。祖父母、あるいは先祖を敬う両親を見て、年長者を敬う姿を子供は学ぶ。家族の中で誰を敬うわけでもないオヤジがふんぞり返って「子供のくせに生意気な!」だとか偉ぶっている姿なんてのは、尊敬の対象となり得ない。つまり積極的模倣対象にならない。
「お前は長男だろ」「男だろ」と責務を言い渡されても、子供は責任の代わりに権利として受け継ぐ資本がないのだから、長男など「めんどくせえ」荷物でしかない。
つまり親世代はメディアに憧れ「父権」を模倣するが、子供世代は「拙い父権の模倣」に様々な矛盾、欺瞞、嘘っぱちを見抜き、反発する。
結果、非長子筋の親として「父権」は模倣できても、非長子筋の子は「父権の模倣」に憧れず、家族としては父権的価値観を体得することが出来ないのだ。
体得とは、価値観への憧れと模倣の円滑な循環に他ならない。

こうして非長子筋の新興家族は、様式としての父権を模倣し「普通の日本人」「ひとなみの家族」を目指しながらも、その模倣の拙さを家族(子供、あるいは嫁)に見抜かれるために父権が損なわれる事態に陥る。
結果、「普通の日本人のふり」をした稚拙な父権に支配される、不安定なイデオロギー家族が出来上がる。
この不安定新興家族の悲劇は、二代目、子供世代の結婚時に現れる。
彼等は憧れという模倣対象がないため、正解の家族づくりが分からない。拙い父権の模倣を正解とも思えず、先例のない中で自信なく彷徨う。
加えて、非長子筋でありながら、初めての長男、長女である彼等は親世代の「面倒」という同居を匂わせる責務を負っている。
このどちらかの両親との同居(多くは男側)が、先例のない中で新たに家族をつくっていく彼等彼女等に制約としてのしかかる。
本来的には平等的に、現代の価値観に即して夫婦、家族という契約をお互いに結んでいけば良いのだが、両親との同居が発生すると夫婦間だけの問題ではなくなる。
加えて、これも上記した通り、非長子筋には「資本と権威の移譲」という習慣がない。同居した場合には、両親家族の下に、子供世代の家族が序列的に組み込まれる傾向にある。結果、夫側の両親と同居した場合(日本最マジョ)、最年少夫婦の嫁である女性の地位が最下位となる。
この非均衡的な関係において、夫と妻が話会ってそれぞれの関係性を新たに設立するというは難しい。双方間で同意がとれた「契約」を、上位にある両親にも同意してもらい、若夫婦の関係性に敬意を払ってもらう――というのは、契約社会に馴染まない、団塊の世代の両親へ求めることは難しいだろう。
つまり非長子筋という、「資本と権威」の移譲テクニックを持たない新興家族が、子供世代との同居を試みた場合、外部から招かれた非家族(嫁、あるいは婿)の地位が著しく低下するため、ここからの不満が家族を分解する遠心力となる。よって、非長子筋から始まった同居家族は、安定的イデオロギー(模倣対象となる憧れ)の不在、若夫婦の地位確保に必要な移譲テクニックの不在のために、常に遠心力をともなう不安定家族となる、と言える。
これが我が輩の観察する、戦後「一億総」思想のもと、「普通の日本人」を模倣した人々が二世代を通していきついた「混乱した家族」だ。
彼等には本質的に、同居という世代を跨いだ家族を形成するテクニック、資質を欠いている。
なのに、「普通の日本人」の真似をして、同居を試みてきた。
その結果の混乱が、今の日本の家族の「苦しさ」として表出していると、我が輩は考える。

Kazukiの原風景

話を戻そう。
脆弱なヒロインを受け入れない我が輩の原風景とは、どのような構造を持つか。

まず我が輩の家は、上記で描写した「混乱した家族」の典型例だ。
「ひとなみの家系」を模倣した、新興家族である。メディアが広めた「普通の日本人」とはまったく違った家族型であったにもかかわらず、「普通の日本人」を真似たために、強烈な捻れ構造を含んだ家族。それが我が輩の原風景だ。
その描写は祖父母の代に遡る。
まず我が輩の父方の祖父母は離婚している。と思う。
と思う、とはっきりしないのは、確認したことがないからだ。
祖父にあたる「その人」に触れてはならない暗黙の了解が、我が輩一家の中にはあったと思う。
だから我が輩は自分の祖父の顔を見たことがないし、名前もしらない。炭坑街に住んでいた話を断片的に聞かされているから、炭坑夫か、または炭坑夫を相手にする流しの商売だったかもしれない。
しかし祖母は父や叔母のことを「女手一つで育てた」と言っているから、かなり早い段階で夫とは離縁しているはず。
ただどういった形での離縁なのか、それは分からない。
話を複雑にしているのは我が輩の姓名で、我が輩、我が輩の父、叔母、妹、嫁入りしてきた母は、当然ながら同じ姓を持つ。
しかし祖母だけは違うのだ。戸籍上も違うらしく、公的機関から届くハガキにも我が輩とは違う姓がのっている。
つまり我が輩たちは、離縁した夫側、我が輩にとっては祖父側の姓を引き継いでいる。
にもかかわらず、我が輩の父は祖母に育てられ、我が輩は祖父に一度も会っていないどころか顔も名前も知らない。
ちなみに親戚付き合いも祖母の兄弟筋ばかりで、祖父方(九州出身らしい)の親戚とは一度も会ったことがない。親族関係としても、完全なる母方なのだ。
我が輩の祖父とは何者なのか。何があって離縁したのか。何故、離縁して姿を消した相手の姓を我が輩たちは引き継いでいるのか。
謎は多いが、三十年不可触とされてきた過去にいまさら触れるのも気がひけて、聞けないままでいる。
ただ我輩は、「父方の氏を引き継ぐ」という父方直系の保持慣行、父権イデオロギーが社会通念としてあったために、育ては祖母ながら、名は祖父という形が残ったのではないかと推測している。
この時点ですでに母権と父権が、実と名の間で捻じれている風にも見える。

祖父と姓の謎は脇に置いて、我が輩の父親が母親(祖母)に育てられたということは描写出来たと思う。つまり祖母が家長として、我が輩の父と叔母の兄妹を育て上げたわけである。
上世代と同居していないまでも、母方に引き取られた家族であったことを鑑みれば、母権制家族であったことが窺える。
後述の助けになるので改めて強調しておきたいが、祖父は早い段階で離脱したらしく、我が輩の父や叔母は父親というものをほとんど体感していない。つまり父権というものをテレビや雑誌が伝えるアイディア以上には感じていない。
そこに我が輩の母である嫁が嫁いできて同居が始まったのだから、母権制の主流に父方同居が始まったわけである。
つまり母権の流れの上に、「日本人の模倣」としての父方同居が始まり、まさに伝統のない拙い父権社会が幕開けしたわけだ。
結果どうなったかは上記から推測出来る通りで、母権的家族の上に父権の模倣が行われ、かつ権威の移譲もおこらずで、イデオロギーも矛盾しまくるし、嫁の地位は低いし、また我が輩の母親が大病院の看護士で高給取りだったりで独立する力もあり、めでたく解散となった。
めでたく、と言うのは、我が輩も、我が輩の妹も、幼少期から秩序の安定しない家族風景を眺めつつ、早く解散すればいいのにと思っていたからだ。
我が輩は家族皆を愛していたし、誰かを悪者として憎むこともしなかったが、別れ別れになったほうが皆幸せだろうとは思っていた。
祖母はオヤジを女手一つで育てた自負から家長権を譲らないだろうし、オヤジはキレることはあるが父権の威厳で家族を調停できる器じゃないし、オフクロは働いて稼いでいるのに家では祖母が煩いしで、まぁ三者同じ家に住むのには適さないなぁ、と本当に小さい頃から思っていた。
悪意なく、ナチュラルに、一緒に住むべきではないと感じていた。
結果、今ではその通りとなり、離れて暮らすことでオヤジとオフクロは一緒に飯を食いに行くぐらいには円満だし、祖母も実家の家長権を維持出来ているしで、大団円である。
要約するに、我が輩の家族とは、「父権的な普通の日本人」から見ればイレギュラーだった家族が、「普通の日本人」を模倣した結果、様々なイデオロギーが交錯し、混乱し、一義的な秩序をもたない不安定集団だった、と言うわけだ。
その不安定の中で、祖母から始まる女性たちが、腕力と声のでかさで自分の「取り分」と「地位」を主張するパワフルな戦場、秩序なき泥沼の合戦こそが我が輩の原風景だったわけである。
そのプレイヤー達であった女性たちが、我が輩のベースにある女性であり、そんな彼女達は到底「主人公のためのヒロイン」で納まるわけがなかった。
だから我が輩にとっては、主人公を補完するヒロイン、都合の良いヒロインなんてのは、ホスピタリティー過剰で脆弱、有り得ない存在なのである。
有り得るとするなら、腹の底で「男ってこういうのがいいんでしょ?」と稚拙な父権を嘲笑っている高慢としてだけだった。
彼女達はあくまでプレイヤーであり、男性から選ばれることを待つ受動的存在では有り得なかったのだ。
女性とは「拙い父権」「自信のない父権」を超越し、「どぎつく競う」ものなのである。
我が輩の「ヒロイン拒否」とは、父方同居直系家族という最マジョではなかった我が輩の、必然的帰結だったのである。
「日本人を模倣しながら日本人ではなかった」我が輩が、「日本人を満足させるヒロイン」のホスピタリティーを拒んだ。
言わば、「ヒロインへの違和感」は、「最マジョ日本人」ではなかった我が輩のアイデンティティと言えるだろう。
別にどの作品の誰と言うわけではないが、2000~2010年代、我が輩が青春時代を送った日々におけるヒロイン像は本当に嫌いだった。
あの嫌悪とは、自分が見てきた原風景の女性たち、「どきつく」、言ってしまえば醜かったかも知れない彼女たちの、それでもパワフルではあり、我が輩が親しみ家族として愛した女性への否定だったからだろう。
女って、こんなじゃないよ。
もっとヤバイよ。
その思いは、いくら「エンタメとしてのサービス」と諭されても、覆い尽くせるものではなかった。

「最マジョ日本人男子へのホスピタリティーあふれるヒロイン」
この像への反応は、非最マジョ家系にある者たちの中でも、様々だと思う。我が輩のように許容出来ず拒否反応を示す者もいれば、憧れている父権制を補完してくれる相手として好む者もいると思う。
我が輩の反応が、非最マジョ家系における最マジョ反応とは、思っていない。

父を知らない父を持つ我が輩

最後に。
我が輩の原風景である家族が、どれだけひ弱な父権しか持ち得なかった、エピソードを紹介して終えたい。
何時だったか、オヤジに呼ばれて家族会議の場に立ち会った。
そこには我が輩、オヤジ、祖母、叔母がいた。
オヤジは我が輩を座らせて、我が輩に向かって、「喫煙ルールを作った」と言う。
曰く、今後我が家では指定された場所以外での喫煙禁止。
曰く、それが守れなければ家から出て行ってもらう。
曰く、火事になることを考えれば、これは徹底されるべきで、違反には情状酌量の余地なし。
だそうだ。
喫煙ルールを作るというのは、まことに結構。
非喫煙者もいるのだから、しっかり守っていただきたい。
問題はオヤジが我が輩に向かって告げているということで、我が輩はその時喫煙者ではなかった。
喫煙者は本人であるオヤジと、祖母だけ。
えらく神妙に話すオヤジに、我が輩は「いや俺吸ってねぇしw」とおどけるのだが、オヤジは真剣な面持ちを崩さない。
「とにかく」
と我が輩の突っ込みを受け付けず、続ける。
寝たばこや、火の不始末がどれだけ危険か、火事をだせば世間にどれだけ迷惑がかかるか、金銭面でどれだけ損失がでるか。
非喫煙者の我が輩に向かって、色んなデータを列挙していく。
途中から我が輩も、この家族会議の仕組みに気づき、黙ってその役を演じた。まるで煙草を吸っているように耳をかたむけ、「それは危ないね」「気をつけないとね」と真剣に頷いたりもした。
最後には叔母が祖母に向かって、「お婆ちゃんも気をつけようね」と声をかけて、会議は終わった。
分かっていただけただろうか?
我が輩のオヤジは、母である祖母へ、面と向かって注意することが出来なかったのだ。
祖母の顔を正面にとらえて、「寝たばこをやめろ」「これからは指定場所で吸え」と言えなかったのだ。
だから非喫煙者である我が輩を目の前に座らせて、妙な芝居をうち、間接的に「決定事項」と「処罰の重さ」を伝えたのだ。
それも「寝たばこはするな」「今後は指定場所で吸え」とピシャリと言い切ればいいところを、火事の危険性だとか、他所への迷惑だとか、金銭的損失だとか、様々なデータなどを持ち出し、自分の発令を権威付けしなければならなかった。
つまり「父親としての命令」だけでは、心許なかったのである。だから世間だとか金銭だとか科学的根拠だとか、色々持ち出さなければならなかった。
それだけオヤジにとって、母への命令というのは、心的抵抗を伴う越権行為だったのである。
自己の父権としての家長制を信じられなかったのだ。
芝居をうちながら、色々持ち出しながら、やっとこさ母へ「寝たばこ」を注意することが出来た。
そこに我が輩は、我が家の、歴史のない怯えたか弱い父権を見たのである。
補足しておくと、我が輩のオヤジは祖母に頭が上がらないわけではない。むしろ祖母に対してよくキレるし、機嫌悪そうな態度もよくとる。しかしそれらは「息子」としての親しんできた態度であり、父権として一家を治める態度とは違う。
オヤジは親父を知らないため、父権を用いた一家の治政、父権を確立し親(母)を越えた後のコミュニケーションというものを知らないのだ。
だからキレたり、息子である我が輩への行為として間接的に伝えたりする他なかったのだ。

幼い頃は「キレるオヤジ」が嫌いで仕方なかったが、ある時からオヤジは祖母がいないと比較的落ち着くことを発見し、以後は付き合いやすくなった。祖母がいると母権を越えられない父権が混乱し、わめきちらすという表現でしか自己を表現出来なかったのだろう。
今では「オヤジはオヤジを知らないのだな」と同情的にオヤジのことを思っている。
同時に、オヤジを知らなかったオヤジの息子である我が輩も、父権というものを知らない。
ただメディアが伝えた父権に憧れている。だから我が輩の父権は、極端にまで理想化され、一切の妥協を許さないところまで極限化されているのかもしれない。
生きている生身の父権というものを体験しなかったために、「本当の父権」は誰の手にも届かないほど高みへと登り詰めたのかもしれない。
以前のブログでも書いた通り、我が輩にとっての「本当の父」とは、生きていることさえ不純として許されない、「家族のために殉死した父」でなければならない。
その理論の構築過程には、我が輩のオヤジを庇う気持ちもあったのかもしれないと、近頃考える。
我が輩のオヤジは父を知らず、父らしくなかった。けれど世の中の誰もが、本当の父になどなれはしない。我が輩のオヤジは、父らしくなかった、普通のオヤジなのだと、自分の家族を肯定するための理論なのかもしれない。

混乱した家族の末裔の行方

話をまとめよう。

かつて日本は、生まれてきたほとんどの人々が、何らかの形で「家筋(長子筋)」に吸収されていた。「家筋」から溢れた新興家族が起こったとしても、それらは社会的に有意であるほどの数にはならなかった。
戦後、団塊の世代として、日本には家筋から溢れる大量の新興家族がおこり、彼等は家筋家族と比肩するほどの数となった。
戦後復興、メディアの発展という過程の中で、「一億総」という意識が生まれた。日本人は皆同じであり、「日本人」とはメディアが伝える「日本人」なのだと解釈された。
新興家族は自分たちを「日本人」だと信じ、「日本人」を模倣した。
しかし、「日本人」として家族を持続させていく求心力としての父権、移譲のシステムを欠いていたため、「日本人」を模倣した新興家族は不安定状態に陥った。
この不安定性のために、新興家族の再生産はイデオロギー的にも困難になってきている。

戦後復興にかけての「一億総みな同じ」という通念と、メディアが伝えた「普通の日本人」というアイディア。
本当は「一億総」でもなく「普通の日本人」などという同質性はなかったのに、それを信じた人々が我が輩たちの親だったり、祖父母だったりした。
彼等は自分たちと信じた「普通の日本人」を模倣した。
結果として、家族内イデオロギーが錯綜し、混乱した。
その混乱が新たな家族を再生産していくことの障害になっている。
どうやって家族をつくり、どんな価値観、イデオロギーで家族を治めていけば良いのか分からない。
何が家族の求心力となり得るのか。我が輩達は模倣先なくして、模索しているのだろう。

この問題を克服するには、二つのステップが必要だと我が輩は考える。
第一に、親世代との恒久的別居価値観の肯定。
二つの世代が同居するだけで、家族を形成する難しさは何倍にも膨れあがる。これは世界的に見てもそうで、必然性のない大家族は崩壊の傾向を強める。
家族集団を大きく保つ必然性は、社会保障や各種公共サービスの拡充によって薄れていく。つまり近代国家に向かう過程で、家族は居を同じくする必要性、求心力を失い、家族間の不平等という遠心力によって分解していっているのだ。
両親と同居したくない、特に相手方の両親とは。
こういう気持ちが世界共通、なんなら遠い過去からの普遍的心理であることを、罪悪感なくお互いに認め合う。(今回紹介は避けるが、世界的にみても、歴史的にみても、同居は特別な有意性がない限り忌避されている)
相手が「そっちの両親と同居したくない」と伝えてきても、非人道的だとかは思ってはならない。それが普通なのだ。
この「同居は嫌で当たり前」のメンタルを普及させ、罪悪感なく両親から独立した居を構える精神を育むことが、まず必要だろう。

第二に、父権をアプリオリな求心力としない、夫婦間での契約合意。
模倣すべき先例がないのだから、自分たちで作る他ない。と言って、まったく模倣先がないわけでもない。漫画を読もう。読むのは「逃げ恥」。あの中で若い夫婦がお互いに同居、結婚に関して契約を結び合う。契約の成立には話し合いのコミュニケーションがあり、お互いの同意がある。お互いが同意した条約のもと、家族は運用されていく。
お互いへの信頼、コミュニケーションで締結したという自負、それが求心力となって共同生活を成り立たせるのだ。
別に我が輩は平等を徹底しろとは思わない。ただお互いが納得するまでコミュニケーションを重ねること、その際、由緒のないひ弱な父権をアプリオリな価値として持ち出さないこと、これが徹底されるべきだろう。
前も言ったが、父権とはそもそも直径筋において脈々と受け継がれているシステムであって、そこには父権を成立させるための譲渡のテクニックも存在する。それら父権運用の資質を欠くなかで、父権だけをふりかざせば交渉はまとまらない。
そもそも、父権の利益者である男側にとっても、我が輩のように「拙い父権」を見てきた経験から父権に疑心暗鬼である人々は多いはず。
自分が信じ切れない父権を用いても、「怯えた父権」では家族をまとめられはしない。
慣れない父権などはさっさと放棄して、パートナーと二人で信じられるものをすり合わせていくことが肝要だろう。
その際に必要とされるコミュニケーション能力、自分の主張を相手に伝える言語表現能力、相手との利害をすり合わせる交渉力をつけていくことが、何より重要と思う。

他にも核家族が根本的に持つ問題、サポート不足、資本不足等、解決すべき問題はある。
が、今回我が輩が問題にしているのは「家族イデオロギーの混乱」であるため、そこへのアプローチはしない。
「混乱した家族」をいかに乗り越えて行くか。
我が輩が挙げた方法以外にも、多くのものがあろう。だいたい、我が輩が挙げたものも我が輩オリジナルではない。本で読んだだけだ。
しかしそもそも、我が輩は「解決方法」が重要だとは思っていない。
最も重要なこと。
それは自分たちが「家族として混乱している」という自覚を持つこと。
この自覚を獲得することで、新たな視点で自分自身を眺めることが出来ると思う。
その観察によって、今までは錯乱して手に負えなかった物事を、少しずつでも改善していけるのではないか。
もっと言えば、日本社会そのものがイデオロギー的に混乱している自覚を持つことで、今後の指針を獲得出来るのではないか。
自覚すること。
それが何より重要だと、我が輩は思っている。