ハルカの国 創作の記録 その40

新年、あけましておめでとうございます。

相も変わらず、毎日毎日、ノルマノルマの日々でございます。
現状、十三万文字ほどスクリプト化が進んだので、あと半分くらい。ただスチルが仮組みなので、スクリプト化が終わっても作業は続く。

新年、改まって新たに何か始めたい、ということは特別ない。だから抱負も改めて挙げるほどのこともない。
税金処理等、始めなければならい項目はいくつかあるが、始めたいことは心に浮かばなかった。今手元にあること、やっていることが不完全過ぎて、そこへのリソース配分を思うと新たな挑戦を思いつかなかったのかもしれない。
新たな挑戦をしたくない、というわけではない。挑戦の過程にあるのだと考えている。だから今、我が輩は継続中の人間だ。そんなわけで、年が改まった気もあまりしていない。

本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

新年初スケッチ

上記した通り、我が輩は現状、あらゆる事の過程にある。ハルカの国、決戦編の完成をもって、一度落ち着く予定だ。もしかすると、その後もしばらくカオス状態が続くかもしれない。
カオス状態といって、混乱しているわけではない。頭の中身の活性度が高い状態であり、考えていることを固定的に表現し難い。言うなれば炎の形や、流水の色をスケッチしろと言われて戸惑うようなもので、言語化という行動が、頭の中身に追いつかないのである。
前後関係が整い、構成力のある文章にしようとすると、大変な苦労がある。苦労のわりに、ろくなものに仕上がらない。
頭の中身を言葉にすることが我が輩の本懐でもない。特別新しいことを考えているわけでもない誰かの後追いに、貴重なリソースを割くのは馬鹿らしい。
そこでまだしばらく、スケッチというアトム化された情報の吐露で、ブログ内容を埋めたい。どうぞ、悪しからず。

原始の混乱

小学生の頃、予防接種を学校で受ける機会が年に一度あった。
針で腕を刺されることを思うと、その恐怖は想像を絶した。恐怖が想像を絶するとはどういうことか。明日、注射されるということがどういうことか、理解出来ないのである。大混乱。大騒動。
少年我が輩は、その「想像を絶する恐怖」を克服するために、帰宅後、腕を何度もつねり上げた。爪をたて、捻り挙げ、青あざとなり血が滲むほどにその行為を続けた。母親にばれて叱られたが、その叱責の最中、我が輩は涙ながら「つねってくれ」「つねってくれ」と懇願し、母親を恐怖させた。
そうして血が滲むほどの自傷行為に及んだ後、我が輩が口にしたのは「注射ってこれより痛い?」という比較確認。
「こっちの方がよっぽど痛いわ」と、母親が血の滲む我が輩の上腕に呆れると、我が輩は心から安堵し、ようやく予防接種施行の翌日を迎えることが出来た。
今でも思い出す。
予防接種を待つ教室。通常授業が進むなか、各クラス事に呼び出しがかかる。我が輩の手前のクラスが、保健室に赴くため廊下へ整列する気配。始まる行進。一人、二人と注射を受けて帰ってくる勇者たちの凱旋。彼等の明るいお喋り。そこへの憎しみにまで高められた羨望。目の前で、平気な面をして授業を続ける教師への絶望。
我が輩は、我が輩のクラスの呼び出しがかかるまで、ずっと手の甲に爪をたて「これより注射は痛くない」と自分に言い聞かせていた。
結果、上腕も手の甲も二の腕も、爪をたてられるところはことごく青あざをつくり、中には出血し、母親だけではなく保険医にまで叱責をくらう始末だった。
我が輩の自傷行為、執拗に繰り返した痛みの比較。分かる人には分かると思うが、言語化するならば、以下のようになる。
我が輩は注射よりも痛い思いをすることで「混乱から抜け出そうとしていた」のだ。
想像を絶するものを、想像の範囲内、経験の範囲内に落とすことで、少年我が輩は少年なりに混乱を乗り越えようとしていたのだ。
我が輩は痛み自体ではなく、想像を超えた世界、予期できないものを恐れていたのだと思う。想像を絶する痛みを想像すること、その混乱と恐怖が耐えられなかったのだと思う。
証拠に、少年我が輩は自分の身体を血が出るまで捻り挙げ、爪をたてることになんら抵抗がなかった。痛みを忌避していなかった。今なら絶対に我慢できないほどの苦痛を伴う自傷行為を、少年我が輩は自ら何度も繰り返し、母親にも「血が出るほどつねってくれること」を望んでいた。その欲求の根源とは、想像を絶する世界を克服したいという思いだった。想像を絶する痛みや恐怖という混乱に対し、何か実際的にとれる行動を模索したのだ。
思い返してみると、小さい頃から「死ぬってどれくらい痛い?」「原爆ってどれくらい痛い?」「溺れるってどれくらい苦しい?」と大人たちに質問を繰り返していた。その行動もまた、苦痛の知識を広げることで、未知の苦痛領域を減らしたかったのだと思う。

人間とは根本的に、本質的に、デフォルトとして混乱している生き物だと我が輩は考える。
その混乱の渦中にあるという恐怖を克服するために、人間は学ぼうとする。学んだことの知識体系によって世界を物語り、混乱を克服しようとする。
つまり安定が混乱に陥るのではなく、混乱の最中学び、安定行動、有利行動を獲得してく過程で安定していく。混乱し恐れているという状態がデフォルトであるために、そこからの脱出意識が本能として働き、それが学習意欲に繋がるのだと思う。
人間が本来的に混乱している存在だと仮定すると、人間は混乱し易く、不安を覚えやすい生物ということになる。
これは我が輩の人間観察にも合致する。
我が輩が「幸せそうな人」「安定している人」と感じるのは、混乱していない人だ。この非混乱状態に金持ちだとか、人気者だとか、天才だとかステータスは直接関係しない。
混乱していない人とは、「明確な恐怖対象」を持っており、「そこから自分は逃れることが出来る選民思想・ノアの箱船理論」を持っている人だ。
根源的な混乱を「貧窮・老い・死・戦争」等(もっと具体的な方が良い)、明確なイメージ対象に結びつけることに成功し、そこから「自分は逃れることが出来ている」「少なくとも他の人よりはマシでいる」と回避行動の成功を実感出来ている人。
自己理論で編み上げた「ノアの箱舟」に乗り込めていると信じていられる人。ノアの箱船の外側の救われない世界と、内側の救われる自己の世界を明確化出来ている人。
これが我が輩の観察した中でもっとも「幸せそうな人」であり「安定している人」だった。そうして、こういう「幸せで安定している」状態が長期的に観察される人は絶望的なほどに少なかった。その理由には環境変化が大きく、未来への見通しが立ちづらいために「強固なノアの箱船」を建設することの難しさ、また「何故自分は助かるのか」という理論体系化後の言語体系化の難しさもあると思う。
だがより根本的な問題として、人間の根本が混乱しているために、混乱し易いということがあるのだと思う。
人間は混乱の対象を次から次に見繕う傾向がある。SNSのフォロワーが減ったり、職場の誰それの挨拶に棘があったり、母親が年金のことで愚痴をこぼしたり、自分の体重が1キロ増えただけで、それ切っ掛けに100万通りの混乱をあみ出す。
自分の発言で嫌われることがあったかもしれない、職場で自分の悪い噂が流れているかもしれない、母親の老後はどうなるのだろう、それを介護する自分は? 自分の老後だってどうなるのだ、社会保障は、年金は、結婚するのか? 子供がいないまま老いたら、子供がいたって老後の面倒みてもらえるかも分からないし、死ぬまでの預金はあるだろうか? あるわけない貯金なんてしてないのだから、体重も増えて容姿も醜いし異性は自分の相手をしないだろう、一人で生きていかないといけない、どうやって生きていこう、etc、etc。
人間の本質的力、恐怖への想像力、混乱する力を野放しにしてやれば、日常にあふれる些細ないこと一つで絶望することが出来る。
そうした状態からの回避欲求が人間の行動力になってきたのだと思うが、ジャングルの中で「トラ」という明確な恐怖を獲得し、そこから逃げること、それに近寄らないことが回避行動として成立し「ノアの箱船の内側」を感じられていたノスタルジックな時代と現代は違う。
混乱を喚起する要素があまりに多く、また構造的に大きく、その瞬間とれる回避行動が成立し難い。小学生の我が輩のように血が出るほど腕をつねっても、社会人の混乱は収まらない。
そんなわけで、根本的に混乱しやすい人間は、その混乱からの回避行動を確立できないまま、日々何かに混乱し、刹那的な回避行動に一喜一憂し、その回避行動の有利性が永続的でないことに失望し、また新たに混乱しながら過去の刹那的回避行動の成功の後追いを虚しく繰り返したり、大きな世界を拒んで小世界に逃げ込みそこで回避行動、有利行動を体感することで精神を落ち着けている。
そういう混乱の「ドタバタ感」を見ると、やはり確固たる「恐怖」を持っている人は強いなと感じる。安定している。明確な恐怖、回避対象があるために、逃避行動もまた明確化でき、有利行動を重ねている人生の充実を体感出来ている。
格闘ゲームプロゲーマーにリュウセイという選手がいるが、彼が「プロゲーマーになる前、ロープをamazonでポチった」「輪っかをつくって吊していたら両親に激怒された」みたいなエピソードを語っていたものがあり、我が輩は「この人は賢いな」「本質を分かっているな」と感心した。臥床する部屋に、いつも明確化された恐怖があれば、その回避行動に集中することで人生は劇的に安定するだろう。プロゲーマーという不安定な道を選ぶ時、彼の本能がとらせた行動に、我が輩は人間の生きようとする力を感じたものだ。
我が輩もまた若かりし頃、「本当の恐怖」を模索していた。
中学生の頃、デスメタルバンドの「カーカス」というグループにはまった。そのアルバムジャケットには、沢山の死体の写真(本物かどうかは知らない)が赤茶色くごみごみと並んでいて、それを見るのがとても恐かった。それでも「一日一回それを見る」という苦行を自らかし、毎日毎日、そのグロを怯えなから見つめていた。実際に見ると大したことないのだが、見るまでの「見なければいけない」と悶々としている間が一番恐かったし苦しかった。
友人がモーオタ(モーニング娘オタク)で「日本の未来はオウオウオウ!」な感じだったので、それと付き合う度に罰のようにカーカスの死体列挙を「見なければならない」欲求は強まり、その罰を受けると許されているような安寧を感じたものだった。
二十代の中頃か、大阪にアベノハルカスが建った記念に出かけたことがある。アベノハルカス見学はよく覚えていないが、そこから徒歩でむかったあいりん地区の今はなき職安、その吹きさらしの一階、あの仄暗い場所で見た光景は今でも覚えている。そこから胸をどきどきさせ歩いた町並み、男性限定の安宿と高架下の姿もよく覚えている。
北海道での乳牛酪農従事の際、雄の子牛たちがたどる末路、乳量が落ちた牛たちの末路、その折り重なった姿なんかもやはり未だに鮮明な記憶がある。双子の子牛の一頭が生まれず、胎の内で死んで、引き出した時の姿。その裂けた形だったり、湯気のあがる温度であったり、スコップで掃き集められた山だったり、マッターホルンのように白く突き立った骨であったりもやはり記憶に残っている。
そういった明確なビジュアルをもつ恐怖に対し、我が輩は忌避ではなく安堵を覚える。それは我が輩の本質的混乱が、大地のようにしっかりとした恐怖を発見することで、「ここから始めれば間違いない」「これは揺るがない恐怖の底だ」と思える確かさ、「最も恐ろしい場所」というリアリティがあるからだと思う。
それでも年々、「本当に恐ろしいものはこれだろうか?」「死ぬことだろうか、老いることだろうか」と疑問がわき、明確な恐怖像が揺らいでいる。それで今、「本当に恐ろしいもの」を探している。自分の人生経験、人生体験の外で蠢く新たな、それでいて巨大な混乱をともなう恐怖があるような気がして、我が輩はそれを見つけようとしている。見つけようとして本を読んだり、自分の過去の体験をふり返ったりしているような気がする。つまり今でも我が輩は腕や手をつねり、爪をたて、想像を絶する恐怖を想像の内に取り込もうとしているわけで、三つ子の魂なんとやら、懲りない自傷行為を続けているのかもしれない。
「明確な本当に恐ろしいもの」という確かな大地を獲得することで、「生きることの混乱からくる緊張感」を和らげようとしている。その欲求が創作となり、学びとなり、思考となり、記録となっているとも思う。
近頃、そんな気がする。

中二病の再発のように、最近、明るいものにゾッとする。
でもきっと皆さんも、今のこの御時世に、「日本の未来は、オウオウオウ!」「世界がうらやむ、エイエイエイエイ!」「恋をしようじゃないか!」とそこら中で流れ、溢れかえったら、その薄ら寒さに耳を塞ぎたくなるだろう。
この歌は我々の回避行動ではない、有利行動ではない、実感出来る体験ではないと感じるだろう。
誤魔化しのない、欺瞞のない本当の恐怖を教えてはくれない、と思うだろう。

安心とは恐怖の発見だ。
綺麗なものを見に行こう――それが終わったら、恐ろしいものを見にいこう。
本当の恐怖を見つけよう。
美しさは、恐怖という大地からの延長に再び発見される。
恐怖の発見とは混乱からの解放に他ならず、その真の開放感という伴奏なくして美しさの真実性、迫力を体験することは出来ないはずだ。
見つけたものを瞬間的にも信じるには、うそうそとした欺瞞を乗り越えなければならない。そのためにこそ揺るぎない確かな恐怖を発見し、そこから始めなければならないのだ。

美しさも更新されるように、恐怖もまた日々新しくて懐かしいイメージを必要としている。

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