ハルカの国 創作の記 その68

十五年ぶりに沖縄へ

二月の頭から東京へ向かい、そこから沖縄、石垣へ。十五年ぶりの渡航となる。
かつて沖縄で共に働いた友人と格安便に搭乗し、到着したら一人だった。確認するとまだ成田にいるとのこと。携帯をトイレに忘れてきたらしい、仕方ないので一人マンスリーマンションへ向かった。

十五年ぶりの石垣到着には興奮した。空港のビルも、大気の香りも、ハイビスカスやブーゲンビレアの色も、何もかもが記憶に語りかけてくる。記憶は在りし日を目の前に蘇らせるとともに、その間で流れた時の量を訴えてくる。
懐かしさは過ぎた時の総量に対する感慨とも言えよう。時が過ぎたのだ、という感は寂しくもありながら、経年した己の存在感の厚みも感じて心地よかった。
空港のバスターミナルさえ懐かしい、二十代の初め、2009年、バスの車窓から見える田畑の黒い牛と、翡翠色の海に興奮したものだ。
これから離島で働き、そこで得る特別な経験を物語へ還元し、いっぱしの作家となって凱旋するのだと若く滾っていた。
記憶の地へ赴き、記憶の中を彷徨うことは、大脳皮質が発達した動物が味わうユニークな情緒の一つだろう。
当時の記憶には、そこから生きてきた匂いがからんで、当時のままではない。当時より複雑な和音として響き、この複雑な音色の味わいこそ、それぞれの人間のリアリティだとも思う。
シンプルに澄んだ単音ではなく、重なり濁った和音を、それぞれだけがコード構成を聞き分けしみじみと耳を傾ける。他人にとっては雑音で、当事者ばかりに美しい。そういうものこそ、人生の音色ではなかろうか。
そんなことを考えたのだが、後に到着した友人から、現在の石垣空港は当時の空港とは異なることを注意された。
言われてみると、当時から石垣空港新設の話があったことを思い出す。後日、旧石垣空港跡地へ向かってみれば、石垣空港と彫られた石看板が草木の中に埋もれていた。
我輩をおそった記憶の波は何だったのか。
記憶というものは案外、勝手なものだ。勝手にロマンチックでセンチメンタルに色づく。この適当さ、都合のよさも、人間らしく、我輩らしい。

滞在した二週間あまり、ほとんど雨だった。ひどく降ることなく、一日中、霧のような雨が空気中を満たしている。年の初めに田を潤す雨で、農家が喜ぶ雨だと当時聞いたことがある。
晴れなければ楽しめないという歳でもない、天気なり、自然のなりに楽しむ。早い時間から暖簾をくぐり、ジーマミー豆腐をつつき、グルクンやもずくの天ぷらをさかなに、オリオンビールを飲む。友人は石垣牛の握りが好物で、はぶり良く我輩にも驕ってくれたが、あれも旨かった。ただ旨すぎる、これは観光客の食い物だと、記憶を旅する我輩には合わなかった。
歳をとると人間は偏屈になる。旨すぎる、綺麗すぎる、面白すぎる、このすぎるという部分が余計になる。それぞれが歩いてきた人生で、取返しのつかない指標が成立してしまったのだろう、そこからはみ出るものは良いものでも、過ぎて及ばざるがごとし、〝気分〟を損なう。
対象そのものの価値より、己のなかの〝気分〟を優先するのだから面倒くさい。
面倒くさいものは他人とは共有せず、自分の中で大切にしておく。うまい、うまいと何皿も頼む友人に、我輩も「こりゃうめえ!」と相槌をうっておいた。

唯一晴れた二日の間、急くようにしてかつての職場へ向かった。西表、由布島。海をわたる水牛車観光といえば、聞いたことがある方々もおられるかもしれない。中には訪れたことのある読者もいらっしゃるか、我輩はあそこで水牛車の船頭をしていた。三線をひき、島うたを歌っていたものだ、内地の小僧が日焼けだけして、慣れ切って飽き飽きしたような現地民のような面をして。
我輩の相棒だった雌牛のユウコ(本来は由布子だがなまってユウコと呼ばれていた)は既になく、その子供たちが現役を通りこし、引退間近のベテランとして働いていた姿は胸にきた。
水牛の休む池の、あの香ばしい糞尿の匂い。それもまた我輩にとっては記憶の香だったが、北海道の牧場でも牛の糞尿にまみれ働いたので、記憶が錯綜している感があった。

事務所におもむき上司(たぶん社長)に挨拶すると覚えてない。当たり前だろう、リゾートバイトにやってくるガキなど毎年何人いることか。十五年前、一年ほどお世話になったものです、と挨拶されても目をきょとんとさせる他ない。
それでも当時の話をすると、十五年の間に亡くなった人々の名前をきっかけに、「あの時代にいた子等か」と、かつての雰囲気として思い出してくれた。
当時、まかない飯を若者二人(我輩と友人)が食べ過ぎると問題になった話などすると、厨房に我輩たちを招き、シェフたちとも面会させてくれる。
シェフも我輩たちのことなど覚えてない。けれど当時の事件と人々を話すと、我輩たちではなく彼等の当時を思い出し、懐かしさに笑ってくれる。
いなくなった牛やおじい、変わってしまった店の話などして、束の間、当時を偲んだ。
最後、あの頃の我輩たちが好きで、おかわりし過ぎて怒られたチャーハンをわざわざ作ってくれ、御馳走してくれたのは有難かった。
働いていると腹が減って仕方なく、昼飯のまかないが楽しみで、チャーハンの日は本当に嬉しかったものだ。

島のなかにあった寮の、裏の浜にでると海鳴りが聞こえる。干した浜がのび、果てで白波がたって、ごお、と海が鳴るのだ。この海鳴りを朝夕に聞いて、作家になってこの島を出ることを夢想していたものだった。
目の前の、遮るもののない果てしない景色が、当時は壁のように思えた。なにせ二十代の若者が、飲み屋一つない、タバコさえ切れたら手に入らない、小さな島で過ごした。観光客が金を払って拝みたがる自然の優美は、当時の我輩にとって掴みかかることさえ出来ない壁だった。勝手にやってきて、勝手に閉じ込められていたのだから世話ないが、島を出たくて仕方なかった。
マックやネカフェや、コンビニやスーパー、本屋や映画館のある街へ解放されたかった。欲しいものがあれば金を払って買うことが出来る、やりたいことをやろうと思えばできるという、可能性の空間に帰還したかった。
なにより、プライドだけめっぽう高かった我輩は、バイトで軽んじられている身の上が我慢ならなかった。早く作家だとかなにか、人々から敬意を払ってもらえる身分に転身したかった。早く世の中に己の才能を認めて欲しかった。
そういう若い憎しみを滾らせていたあの頃の我輩と、十五年の時を経て同じ場所に立つ感覚は、不思議だった。当時の感情を思い出しつつ、それはもう主観では自分と重ならない。そういうものが確かにあったなという、発見にとどまる。
その時、どういう脈絡でそう思い至ったのか、一瞬のうちの出来事だったので自分でも分析出来ないのだけれど、ハルカの国が大きいな、と思ったものだ。
当時の様々なことを見つけては、そこらに転がっているサンゴの死骸のように観察し、蘇ってくる感情さえ他人事のように思えたのは、ハルカの国が原因だと何故か思いついたのだ。
後々分析するに、あれからやってきたこと、形にしたいものに、それなりに満足しているから、以前、以後として過去をただ今の自分より切り分け、対象化出来ているのだろうなとは考えた。
しかしとにかく、過去との邂逅の最中で、何かがひらめき、「ハルカの国だな」と思ったのだ。それは理屈で分析するよりも、刹那の感じをそのまま描写した方がしっくりくる感覚で、我輩は脈絡のない「ハルカの国だな」に、妙に納得した。
我輩に我輩の過去を納得させるハルカの国とはいったい、何なのだろう?
それもまた不思議だった。

やく二週間におよぶ滞在を終え、帰る日には友人が空港まで送ってくれた。ITノマドの彼は一人残り、本土の花粉を避け三月の末まであちらで過ごすそうだ。よほど儲かるのか、滞在中、何事も我輩の分まで驕ってくれ、帰りの飛行機代まで出してくれたのだから持つべきものは友である。
と言って、その友人とも何年振りの再会だったか。前に会ったのも十年ぶりの再会くらいだったから、十五年前、あの浜の見える寮でともに過ごした日々から考えてみても、数度しか顔を合わせていない相手だった。
我輩のことを夢追い人として揶揄う奴だったが、今の我輩のことも「夢を諦めない子供部屋オジサン」とよく馬鹿にしてくれた。
何を言われても気にならなかったのは、飯と宿と飛行機代を驕ってくれたからだろう。あわせて、こいつにどう思われてもいい、と相手の中の自己像に興味がなかったからでもあろう。
そんな相手が友人なのか疑問に思われるかもしれないが、そんな相手だから友人なのだ。
我輩たちは互いに、互いの中の像から自由だった。互いに馬鹿にして、馬鹿にした相手のことを披露しあい笑った。互いのなかにある互いの像など玩具なのだと分かっているし、本心からそう感じられる。
良き友人だったと思う。
我輩は一人の時間を好むので、日常に常任する友を求めない。
彼とはまた、過ぎ去った時が蓄積する十年先くらいの再会を目途に別れた。
「楽しかったよ、誘ってくれてありがとう」と言えたのは、ひねくれていたガキが、偏屈なオヤジに変わりながらも、大人になったのだなと別れ際は自分のことに感慨深かった。

進捗

こちらは十年ぶりの話になるが、みすずの国が完成する。
どうしても諦めきれない追加表情を発注したので、そちらが揃えば形にはなりそうだ。ストアへの登録や、販売方法、回想機能まわりなど解決していない問題もあるが、物語としては形になった。
たねつみでも方々に迷惑をかけつつ、それでも最低限これだけは揃えてくれと頼み込んだ表情差分。
みすずの国でも二回、追加注文をした。
たねつみの制作時は作品クオリティに繋がると思っていたけれど、あらためて個人製作に戻りそこでも我慢しきれず表情を追加していると、癖の問題に思えてくる。
恐らく、追加注文をした表情がなくとも、作品のクオリティは保たれる。ただ作者である我輩が気になり、我慢しきれないのでこだわっている。
そのこだわりに金と時間が使われる。これでいいのか、と思い悩んだが、我慢できないのでいいも悪いもない。
作品がより良くなる、という前向きな気持ちでなく、己の業に疲労さえ感じつつ注文をした。再度の追加注文に快く応じて頂けたので良かったが、注文を一度にまとめられない己の見通しの甘さは反省している。
しかし未だに、完成まで見通し準備を整えるという先見の術を身につけられない。
もはや十年以上ゲームを作っているわけだが、何も思いどおりにいかないし、手に負えなさは回を重ねるごとに増していく。
春秋編もどうなることやらと、シナリオを描きながら戦々恐々としている。

ところで、この度のみすずの国、楽曲は全てオリジナルで揃えた。この楽曲が実にいい。はやくこの楽曲群で彩った物語を皆さまにも味わって欲しいと思うのだけれど、こうしてオリジナル楽曲で良い思いをすると、ハルカの国も――という欲がふつふつしてくる。
メインの数曲は既に発注しているけれど、出来れば全曲、と考えてしまう。我輩にとっては特別な物語だ。特別な曲で彩りたい。資金はないこともない――しかし曲以外にも揃えなければならないものもあるし、何より我輩が生活していくだけの余力は残さなければ創作期間を確保できない。
しかし独自の楽曲で、思うとおりに物語を演出できたらなあ……言い出したらきりがないが、望みは尽きないものだ。

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