さて前回は人物を中から作り上げるのではなく、外側から出会っていくという方法を述べた。
今回はそのために役立つ方法論を少し掘り下げて語っていきたい。
外側から人物を見るのを難しく感じるなら、少し工夫をこらそう。
誰かを外側から見たいと思う時、その側にいる誰かの視点をカメラとしてかりる。
主人公とヒロインを一緒にさせよう。
例えばヒロインが密かに主人公のことを思っているなら、一緒になった帰り道ではどんな風に彼を見るのだろうか。
「クラス変わったけどさ-、可愛い子いたぁ?」
なんてふざけながらも探りをいれるような質問をヒロインがしたとしよう。
その時、主人公がどんな顔をするのか、どんな風に話すのかヒロインの視点から観察すればいい。主人公のことが気になっているヒロインなのだ、一瞬の沈黙や、言葉の出遅れも見逃さないだろう。目は笑っているだろうか? それとも、意中の誰かのことを思って一瞬でも真面目な色をおびるのか。
ここで重要なのは視点となるヒロインと同調し過ぎて、ヒロインに引っ張られ過ぎないこと。あくまで主人公を外側から知るためにカメラとしてその視点を借りているだけなのだから。
しかしこの作業のなかでヒロインのことを知れるのも確かだ。だからといってヒロインに引っ張られ過ぎると、前回注意した同調が強まるという現象が起こるので気をつけたい。
主人やヒロイン、彼らの姿がなかなか見えてこない
いくら出会おうとしても彼の姿が浮かんでこない。そういう時は彼らを連れて外にでよう。河原を歩こう、入ったことのない喫茶店でモーニングをたのもう、商店街にでかけて普段は見向きもしない小物店をのぞいてみよう。
彼らをデートにさそうのだ。河原を歩いたとき、主人公なら何を見るだろうかと考える。少年時代サッカークラブに入っていたのなら、河原のフィールドでボールを蹴る少年たちに目がいくだろう。好奇心が旺盛なら、転がってきたボールを蹴り返すついでに少年たちの輪にまざろうとするかもしれない。
両親が共働きで、幼少の頃祖母との時間を多くもっていたのなら、道の草花を指しながら春の七草を教えてくれるかもしれない。菜の花はを見つけては童謡の「朧月夜」をくちずさみ始めるかもしれない。
喫茶店に入ってメニューをひらいたら、貴方ではなくヒロインは何を頼むか考えよう。貴方は油のしたたるウインターとケチャップの鮮やかなホットドックとゆで卵のセットが食べたいかもしれないが、ヒロインはクロワッサンが好きでスクランブルエッグとのセット、それもコーヒーではなく紅茶を頼むかもしれない。
商店街の小物がならぶ小洒落た店に入ったとき、そこにたちこめるラベンダーの香りにヒロインは何と言うだろう? 赤、青、黄色とそれぞれ並ぶトンボ玉のどれに彼女は手をのばすのか?
主人公やヒロインを連れて外にでよう。多くの発見があり、彼らと沢山出会える。めんどくさがらず、臆せず、町を歩こう。足をつかって出会った彼らの姿は物語にとって財産になる。
主人公やヒロインに限らず、様々な人の視線で外を歩くと、驚くほど多くの発見がある。小物屋など男のままだったら何の興味もないが、ヒロインだったら、あの子だったらなどと考えると案外楽しい。女子がこの類いの店で何時間も潰すのもあながちわからないでもない。
しかしいい歳こいたオッサンが一人小物屋でウロウロするのはいかにも怪しいので、あたかも彼女や家族へのプレゼントを探しています、という体をとろう。「十二月が誕生日なんですけど、なにか誕生石でつくってあるものとかってありますかね?」なんて質問をスタッフに一度いれとけば、店内を1時間もウロウロするオッサンの正体を店側は納得してくれる。
以前、離島の学校のなかが覗きたくて「○○の学生で、フィールドワークで離島にすむ子供たちについて調べているのですが」といって当時通っていた美術系短大の学生証をみせ、なかを見学したことがある。もちろん、フィールドワークなどしていなかったが、悪いことをするわけでもないし、勝手にはいって不審者で通報されるよりマシだろうと思った。
物語を作るのには色々な苦労がある。世間の目もなかなか理解は示してくれないが、そこは世間の目にあわせた体裁をというものを取り繕ってやるのが問題も少なく良いと思う。

